世界を失わせなかった粒子を求めて(簡易版)

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ご挨拶

 

というわけで、これの最終日のための記事です。

 

adventar.org

 

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去年もかえるさんが開催してくださり、とても楽しかったのですが、今年はなんと主催をさせていただきました。正直初めてなので運営もグダグダですが、かえるさん及びたくさんの特別賞支援者の方々にご支援いただき、楽しい企画ができたと思います。参加してくださった皆様どうもありがとうございました。

 

主催者ながら、論文紹介側としても参加させていただきました。いろいろ考えたのですがやっぱりこの企画に参加したい気持ちも強く、特に今年も良い論文をたくさん読んだので、ひとつ紹介したいなと考えました。賞を取ってやるぞ!という気概はあったんですが、よくよく考えたら他の参加者の方にたくさん賞をもらっていただきたいので、受賞資格などは放棄します。が、楽しい紹介にしたつもりなので是非是非読んでいただきたいです。

 

というわけでこれは論文紹介のテイを模した僕なりのこの分野(基礎物理学)への思い入れ・愛を書いた駄文です。(駄文を書いたらむちゃくちゃ長くなったので、読みやすさのため、簡易版にしました。本気版をいつか別記事で上げたいと思います。)

 

 

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今年はぶっちぎりでこの論文。

"Precision Measurement of the Electron's Electric Dipole Moment Using Trapped Molecular Ions"

 

journals.aps.org

 

出版されたものとほぼ同等のものが誰でも無料でarXivというサイトから読める。

 

[1704.07928] A precision measurement of the electron's electric dipole moment using trapped molecular ions

 

日本語の専門用語でいうと「トラップした分子イオンを用いた電子の電気双極子モーメント(EDM)の精密測定」といった感じか。なんのこっちゃわからんというのが普通の感想だと思うので、逐次後で説明を行う。(もしここは間違っているなどの指摘がございましたら是非連絡をください。)

 

 

 

もくじ

概要

目的:ビッグバンと反物質と母なる粒子 

手法:タブーを逆手に

結果・今後はどうなる?

 

0. 概要・まとめ

 

この論文の分野は所謂「素粒子物理学」という分野に分類できる。この世界の物質は「つぶつぶ」である素粒子からなっているが、この分野は素粒子の性質や素粒子間に働く力「相互作用」について調べる学問だ。風呂敷を広げることを恐れず言えば、この「つぶつぶ」や「相互作用」を調べることで宇宙の成り立ちにまで迫ることのできる力を持つ。

 

 

この論文内容を簡単にまとめると、

「私たちが宇宙に今も存在しているためにはまだ見つかっていない新しい素粒子があるはず、その素粒子を探すために電子の電気双極子モーメントという量の測定を試みた。今まで敬遠されていた分子イオン中の電子の電気双極子モーメントを測定するという手法を確立し、(他のグループによるイオンではない分子でなされてきた)今までの世界記録に迫る感度での測定を行った。今後の研究次第ではさらに感度の良い測定を実現し、今までにない感度で新粒子を探すことができる可能性がある。」

 といった感じだろう。

 

目的:ビッグバンと反物質と母なる粒子 

 

この世界は物質からできていて、それらは素粒子から出来ている。たとえば水を分解していくと、最終的にはそれ以上わけられないクォークと電子という素粒子がある。

 

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これら素粒子はたくさんの数がみつかっている。

 

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画像はヒッグスたん.comから(http://higgstan.com)

 

これらの粒子それぞれについて、逆の電荷を持った「反粒子」が存在する。たとえばマイナスの電荷を持った電子にはプラスの電荷を持つ陽電子がいる。また、物質と反物質もある。たとえば人類は「水素(電子と陽子)」の反物質「反水素(陽電子と反陽子)」を生成できる。重要なのは「粒子」と「反粒子」は電気的な性質以外は全く同じ性質を持つ(重さとか)、ということだ。

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そして、反粒子と粒子が出会っちゃうと、「対消滅」してしまう。つまりぶつかるとお互い別のものに変わって消えてしまう。

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対消滅をすると、基本的に元の粒子より軽い粒子が出る。まんじゅうのような「重い粒子」、たとえば陽子と反陽子ならば他の軽い粒子がいくつかわらわらと出るだけだが、最も軽い電子と陽電子が出会うと「重さのない粒子」である光子に変わってしまう。つまり粒子と反粒子を同じ箱の中に同じ数入れて、対消滅が繰り返されると、いつかは殆ど光になってしまうということだ。

 

ビッグバンと母なる粒子

ところがこれは困ったことになる。宇宙のはじめのはじめはビッグバンという現象が起きたわけだが、ビッグバンでは粒子と反粒子が同じ量だけ出来たとされている、そいつらはやがて混ざり合って、あれれ?光だけになってそもそも人類どころか物質は全て対消滅しちゃわない?という謎が浮かび上がってくる。

 

今まで見つかっている素粒子たちと、その相互作用をまとめた「素粒子標準模型」という理論では、この謎を解明出来ない。ビッグバンの後で「粒子」と「反粒子」の数の違いを作り出す(難しい言葉でこれを「CP対称性を破る」という*1)機構が必ずあるはずで、その違いによって今の宇宙に物質が存在しているはずである。標準模型では違いが出来ることはわかっているが、今知られている素粒子だけではできる違いが小さすぎて今の宇宙にこれだけたくさんの物質があることを説明しきれない

*1(C: Charge, 電荷 P: Parity, 鏡映のこと)

 

つまり、我々のまだ知らない粒子が必ずあって、それがCP対称性を破って粒子反粒子の数の違いが生まれたことで、この宇宙の中身が全て消滅することから救ったはずである。この論文はそういった「母なる粒子」を探す実験である。

 

手法:タブーを逆手に

どうやって「CP対称性を破った母なる粒子」を探すか?ということであるが、そこで分子内の電子のEDM(電気双極子)という量を感度よく測定することが精力的に行われている。

 

ポイントとしては

1. EDMという物理量はCP対称性を破る量である。

2. EDMという量は標準模型ではめちゃくちゃ小さくて今の技術では測れないはずである、つまりもし今の測定技術で測れた(0より統計的に有意に大きかった)場合、標準模型にない物理によってCP対称性が標準模型の計算よりも大きく破れている、という結論が得られる。

3. 電子のEDMという量を感度よく測るには電子に大きな電場をかけてやる必要があるが、分子のエネルギー準位をレーザーなどでうまくコントロールしてあげると、分子の中で大きな分極が生じて、それによって分子内電子に大きな電場をかけてやることができる

という三点がある。

 

欧米ではこういった分子を用いた測定が盛んで、いろいろなグループが最も良い感度で測定を行うことを目指して熾烈な国際競争が行われている。たとえばACME実験が最も有名で、冷たい分子を飛ばしながらそれにレーザーを当てることでEDMを測定している。www.electronedm.org

 

彼らが現在一番良い感度での電子EDM測定を完了させていて、その結果まだ母なる粒子は見つかっていない。ちなみに標準模型を超えるような新しい物理(新粒子を含んだ理論)もいくつか提唱されていて、有力なものは今実験が届いている感度に近い感度での測定で測ることのできるような大きな電子EDMの量を予測しているモデルもある。そういったことからいつEDMが見つかってもおかしくないというのが現状だ。

 

 

 

 

タブーを破る

 

このEDMの測定、電荷を持ったものに行わない、というのが通例であった。当然、大きな電場をかけるという操作を電気を持ったものに行えばあっというまに測定器から逃げて行ってしまう。だからわざわざ中性な分子の中にある電子をつかったり、(昔の測定だと)中性な原子を使った測定*2を行ったりして、電場をかけても電子が逃げていかないようにしている。

*2原子よりも分子の方が電場が大きくかかるので、測定感度の面からのみ議論すると、一般的には得な場合が多い

 

この論文の肝は、タブーを破って、電荷のある分子イオン(HfF+)を用いた点だ。当然普通に電場をかけると測定なんてできないままあっという間にイオンが飛んで行ってしまうので、この実験グループが行ったのは電場の向きを高速回転させながら測定する、という荒技だ。電場の向きをぐるぐる回すわけだが、1秒間に25万回回したらしい(力は正義)。それによってイオンを0.5 mm程度の円軌道に閉じ込めて、その状態で測定を行った。中性分子は一般的に一箇所にずっと止めることが難しいので、他の実験ではACMEのように冷やした分子をゆっくり飛ばしてそれにレーザーを当てていた。一方この実験はある一定の空間内に分子イオンが止まっているので、それによって測定を可能にする、という手法だ。とはいってももちろん高速回転する電場の安定性や、他の実験装置の安定性なども頑張らないとそもそも実験が成立しないので、思いついてもやる勇気と気力がすばらしい。

 

結果・今後はどうなる?

結果としてはACME実験とほぼ同じ(だが少しだけ悪い)感度での測定を達成した。ACMEと同様に「母なる粒子」を見つけることはできなかったものの、この手法でもうちょっと頑張れば(具体的にはもっとたくさんのイオンを使えるように大きなトラップに閉じ込めるらしい)、世界記録を超える感度での測定を近い未来に完了できるだろう。母なる粒子がきっと近い未来に発見されると期待したい。